どこまでも、遠くまで、行ってしまえ


by massy298
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11/17

1限、キリスト教概論。『エデンの東』ってな映画を見た。当然部屋が暗くなるわけで、内職ができない。しゃあないので一応まじめに見る。時間の関係で途中からやった。

映画見た人にしかわかんない僕なりの感想。途中からしか見てへんけど。キャルが取った行動、それにより兄アロンと父アダムに不運が起ったわけだが、そこで一つ問題提起。

キャルの行いは一般的に許されざると言えるが、なぜキャルはあのような行動をとったのか?その原因は?

まずアダム、彼から愛されていないと感じていたキャル。自分の正しさを押し付ける。その正しさとは違う生き方の母に似ているからキャルも愛さない。アダムは清さを求めた。その結果、キャルの贈り物を拒絶した。戦争中、小豆相場で儲けると言うのは真っ当な手段ではないかもしれない。真面目、堅実なアダムにはそれが我慢ならなかったのだろう。しかし、だからと言って愛される事を求めていた息子に対して、拒絶という対応しか取れないというのはいかがなものか?拒絶されるという事がどんなに人を傷つけるか、それはやはり拒絶された者にしかわからない痛みなのであろうか。




そして兄アロン。弟と違い優等生的存在。自分とは違う弟を見下しているようだ。しかし、キャルとアブラの接触を拒もうとしたり、死んだと聞かされていた母の真実を目の当たりにして精神崩壊するなど、自分は他人と違うというプライドのようなモノで弱く脆い自分の本性を守っていただけではないか?自分を守っている殻もやはり脆かった、と。

アロンとアダムは似ている面があると思う。自分とは異なる者を受け入れられない。それは彼らの"罪"であり、この二人の末路はその"罰"なのではないか?そして最後によその地に行かず、父の看病をする事になったキャル。この地に看病の為留まらなければならぬ事、そして失われた平穏な家族、これはキャルに対する"罰"であり、しかし彼にはアブラという"救い"があった。それは見ているこっちにも救いのように思えた。


その授業後、図書館でテスト勉強すると見せかけて爆睡。

そんでもって部活。

帰りに町田で『今、会いにゆきます』を見た。それについては別の記事で。

その後一緒に見た連中とBILDYでだべっていた。

レポート3つ、試験対策2科目、いっこうに進まず。
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by massy298 | 2004-11-17 23:36 | 綴る日常...φ( . . )